何世紀にも渡って、オルホン渓谷はステップの王者の座所と見なされてきた。その最初の徴は、8世紀の突厥の可汗ビルゲ (Bilge Khan) によってこの渓谷に立てられたオルホン碑文 (Orkhon script) を刻んだ石柱である。
この石柱の北方約25マイルには、聖なる森に覆われた山エチュケン (Ötüken) のすぐ近くに、オルド(Ördü, 遊牧民の拠点)があった。契丹人がこの渓谷を支配していたときには、石柱は契丹の権力者の偉業を記録しておくために、3つの言語で刻み直された。
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山々はテングリ崇拝における世界の枢軸として神聖視されていたが、わけてもエチュケンは特別視されていた。それは、この山に可汗の祖霊が宿っていると信じられていたからである。加えて、エチュケンからはクット (qut) と呼ばれる霊力が発していて、それが可汗にテュルクを支配する神権を与えていると信じられていた[1]。ゆえにこの渓谷を制する者はテュルクの支配者たることを天から認められたと見なされ、集団を統率することが出来たのである。